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    0702建仁寺霊源院(Reigenin Temple)

    • 2016.08.29 Monday
    • 09:51

     霊源院(れいげんいん)は建仁寺境内の南東にある臨済宗建仁寺派の塔頭寺院である。室町時代の応永年間(1394〜1428)初期、両足院(0008参照)開基・龍山徳見(りゅうさんとくけん)和尚を勧請開山として、その弟子である一庵一麟(いちあんいちりん)によって創建された。鎌倉時代末期から室町時代にかけ、京都五山と鎌倉五山の禅僧たちによって栄えた漢文学・五山文学の最高峰とされた寺院の一つで、「建仁寺の学問面」の中核となっていた。

     天文年間(1532-1555)に焼失したが、安土・桃山時代〜江戸時代の慶長年間(1596-1615)、柳沢堅物により再建されている。明治五年(1872)、旧地を窮民産業所(祇園町南)敷地に譲り、現在地(塔頭・妙喜庵跡)に移った。
     本堂では建仁寺塔頭妙喜庵の開山住職であった中巌圓月(ちゅうがんえんげつ)坐像(重要文化財)と、その胎内秘仏である毘沙門天立像などを拝観することができるが、内部は撮影禁止である。  

     また、本堂内には二つの茶室がある。茶室「也足軒(やそくけん)」は、大正元年(1912)に建てられた。四畳半、二畳台目で、本堂内に躙口が南面してある珍しい構造である。
     本堂南にもう一つの茶室「妙喜庵(みょうきあん)」がある。一畳台目の小さい茶室で、壁の一面に花頭窓が開けられている。
     方丈の南と西に枯山水式庭園「甘露庭(かんろてい)」がある。苔地に、石、飛石、蹲踞が配され、花梨、松、甘茶などの植栽がある。

     

     (写真1)

     

     (写真1)は山門で、毘沙門天の幟と共に、右手には特別公開の看板が立てられている。

     

     (写真2)

     

     (写真2)はその看板で、写真の毘沙門天像は左手に水晶の玉を掲げており、その中には最澄が持ち帰ったといわれる仏舎利が収められている。

     

     (写真3)

     

     (写真3)は山門を入った正面の玄関で、「妙喜世界」と書かれた扁額が掛かっている。

     

     (写真4)

     

     (写真5)

     

     (写真4)は玄関前庭で、石の上に布袋像が置かれている。(写真5)は玄関に向かって左(北)側の庫裡である。

     

     (写真6)

     

     (写真7)

     

     (写真8)

     

     (写真6〜8)は方丈庭園「甘露庭」である。

     

     (写真9)

     

     (写真10)

     

     (写真9、10)は庭園に置かれた人形で、その表情が見ている者の心を和ませる。(2015.3.13.訪問)

     

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