0697木島櫻谷旧邸(konoshima Okoku Old Residence)

  • 2016.04.13 Wednesday
  • 11:03
 木島櫻谷旧邸(このしまおうこくきゅうてい)は木島文庫(このしまぶんこ)とも呼ばれ、北区等持院東町、洛星中学・高校の西側にある。木島櫻谷は明治十年(1877)京都市三条室町にあった商家の次男として生まれた。曽祖父の木島元常は、狩野派の絵師・吉田元陳の弟子で、父木島周吉(二代)は絵や和歌、茶の湯に造詣が深く、木島家には彼を慕った芸術家や知識人の来訪が絶えなかったという。
 明治二十五年(1892)、当時京都画壇の大家であった今尾景年に弟子入りする。景年は「櫻谷」の号を与え、父を早く亡くした櫻谷の父親的存在だった。また同じ頃、儒医・本草学者・写生画家だった山本章夫(号・渓愚)に儒学・本草学・経文漢学を学んだ。入門翌年に早くも第三回青年絵画共進会に「芙蓉小禽図」を出品し褒詞を受け、同第四回展にも「春野郊歩図」で三等褒状となるなど、景年塾を代表する画家として成長していく。四条・円山派の流れをくんだ写生を基本とし、初期は動物画を得意とした。明治三十二年(1899)全国絵画共進会に出品した「瓜生兄弟」は宮内庁買い上げとなり、櫻谷の出世作となった。画題も花鳥画、山水画、歴史人物画へと広がっていく。明治四十年(1907)文展の第1回から第6回まで、二等賞4回・三等賞2回と連続受賞し、早熟の天才という印象を与えた。大正元年(1912)京都市立美術工芸学校(現京都市立芸術大学)教授を委嘱され、大正二年には早くも文展の審査員に挙げられる。竹内栖鳳と京都画壇の人気をわけ華々しく注目される作家となったが、それ以後は師景年の過剰なまでの推薦が反動となって画壇から嫌われ、熟達した筆技も過小評価されて再び台頭することはなかった。
 昭和に入ると平明な筆意の作風となり、帝展にも変わらず出品を重ねる。昭和八年(1933)の第一四回帝展を最後に衣笠村に隠棲、漢籍を愛し詩文に親しむ晴耕雨読の生活を送った。しかし、徐々に精神を病み、昭和十三年枚方近くで京阪電車に轢かれ非業の死を遂げた。享年62。墓所は等持院(非公開)。
 財団法人櫻谷文庫は、木島桜谷の遺作・習作やスケッチ帖、櫻谷の収集した絵画・書・漢学・典籍・儒学などの書籍1万点以上を収蔵、それらの整理研究ならびに美術・芸術・文化振興のために桜谷が逝去した2年後の昭和十五年(1940)に設立された。櫻谷文庫は、大正初期に建築された和館・洋館・画室の3棟から成り、いずれも国の登録有形文化財に登録されている。これらは桜谷が三条室町から当地に転居した際に建立されたもので、和館は住居に、和洋折衷の洋館は収蔵庫・展示及び商談室として、また80畳の畳敷き大アトリエの画室は制作室・画塾として使用されていた。桜谷は竹を好んだため、建築材として各所に使われている。この画室は外観から二階建てに見えるが、実際には平屋で、中心部には柱が一本もない。1951年から1976年までは京都府立図書館上京分館として使用され、現在は絵画教室などのため貸し出されている。
 桜谷が当地に転居したのが契機となり、土田麦僊、金島桂華、山口華楊、村上華岳、菊池芳文、堂本印象、西村五雲、小野竹喬、宇田荻邨、福田平八郎、徳岡神泉などの日本画家が移り住み、「衣笠絵描き村」と呼ばれた。他にも、洋画家の黒田重太郎、映画監督の牧野省三も近くに住んでいた。

 
(写真1)

 
(写真2)

 (写真1、2)は木島櫻谷旧邸の正門で、「桜谷文庫」の表札が掛かっている。(写真2)の門の奥正面に見えるのが正玄関である。

 
(写真3)

 (写真3)は正門近くに立てかけられた「木島櫻谷旧邸特別公開」のポスターで、左隣には「真如寺特別公開」、右隣には今出川通の一筋北を走る「今小路通り」のポスターが、それぞれ掲示されている。

 
(写真4)

 
(写真5)

 桜谷文庫には大きく分類して和館、洋館、画室の3つの建造物があり、いずれも国指定登録有形文化財である。(写真4)は南側から撮った和館の全景、(写真5)は和館南側の庭である。

 
(写真6)

 
(写真7)

 (写真6、7)はこの庭にある昔の石の道標で、西には因幡藥師、六角堂、壬生地蔵、西本願寺、嵯峨、愛宕、北には三条大橋、北野天神、東には祇園社、清水寺、大仏三十三間堂、知恩院、西大谷、東大谷、南には五条大橋等がそれぞれの地までの距離も含め、かな交じりで書かれているのが読み取れることから、昔は四条大橋近辺にあったものではないかと推察される。

 
(写真8)

 
(写真9)

 
(写真10)

 (写真8)はいずれも大正二年(1913)に建てられた瓦葺木造二階建の和室(建築面積195m2)とその西側にある木骨煉瓦造二階(一部平屋)建の洋館(建築面積107m2)、(写真9)は南側の道路である今小路通から見た洋館、(写真10)は北側の敷地内から見た洋館と和館である。

 
(写真11)

 
(写真12)

 まず、和館の玄関から中に入ると右手西側に(写真11)の和室があり、西側の壁面に(写真12)に示す櫻谷筆の富士山の絵が掛かっている。

 
(写真13)

 
(写真14)

 (写真13)はその西側の部屋になる書院造りの座敷、(写真14)は床の間と違い棚のある座敷西側で、床の間には大きな仏壇が置かれ、違い棚の前には櫻谷の肖像写真や青年期、壮年期の略歴がパネルにして置かれている。

 
(写真15)

 (写真15)は木島櫻谷の肖像写真である。

 
(写真16)

 (写真16)は座敷の北側で、欄間は東山三十六峰を表したものである。

 
(写真17)

 
(写真18)

 
(写真19)

 (写真17)は廊下を挟んで座敷の北側にある部屋、(写真18)は部屋の中に展示されているカルタ、絵本、おはじき等の遊具と座卓で、座卓の上には「虎屋」の通い箱があり、虎屋がこの箱に和菓子を入れて櫻谷宅に届けていたことが分かる。(写真19)はこの部屋の東側にある押し入れの中で、画道具類が格納されている。

 
(写真20)

 (写真20)は(写真17)の部屋の東隣にある部屋で、SINGERミシンの他そろばん、丸物の商品券、草履、お手玉等雑多なものが展示されてる。

 
(写真21)

 (写真21)は和館二階の西南角の部屋(1階座敷の上)で、ここには人形などのコレクション品がいろいろ展示されている。

 
(写真22)

 
(写真23)

 
(写真24)

 (写真22、23)は同じ部屋にある雛人形の展示、(写真24)は(写真23)の後方に掛けられた櫻谷の牛の絵の掛け軸である。

 
(写真25)

 
(写真26)

 (写真25、26)は二階西北の部屋の展示品で、(写真25)は葵紋付左義長羽子板と琴、(写真26)は櫻谷の手描き婚礼衣装で、養子誠三の子で同居していたもも子(大正十四年生まれ)のために用意したと伝えられる。

 
(写真27)

 (写真27)は二階東北の部屋である。

 
(写真28)

 
(写真29)

 (写真28)は一旦和館の玄関から出て北隣に建つ台所の入口、(写真29)はその玄関である。

 
(写真30)

 
(写真31)

 (写真30)は台所の土間で、流しやおくどさんがそのまま残っている。(写真31)は茶の間で、卓袱台の上に米櫃や茶器セット等が置かれている。

 
(写真32)

 次に台所から出て洋館に移動する。(写真32)は和館南庭を通り、西側に建つ洋館の玄関から入って直ぐ左手にある螺旋階段を二階から撮ったものである。

 
(写真33)

 
(写真34)

 (写真33)は洋館二階の部屋の入口周辺で、この部屋にも多くの展示物がある。(写真34)は(写真33)のコーナー部に見られる雛飾りである。

 
(写真35)

 
(写真36)

 この雛飾りの両側の壁に掛けられているのはいずれも櫻谷の作品で、右側の(写真35)は「葉鶏頭に猫」、左側の(写真36)は「菜園に猫」の絵である。

 
(写真37)

 (写真37)は北側窓の傍に並んだ椅子の上に飾られた立雛(右の二つ)と次郎左衛門雛(左端)である。

 
(写真38)

 (写真38)は西側戸袋の上に飾られた雛飾りとその後方の壁に掛けられた伊藤若冲の「山水画」(右側)並びに与謝蕪村の「団扇」(左側)の絵である。

 
(写真39)

 (写真39)は現物は残っていないが「まぼろしの優品」とされる数々の櫻谷作品の写真である。

 
(写真40)

 (写真40)は洋館2階北側の窓から見た敷地北側で、敷地の一部を洛星中学・高校がテニスコートとして使用しており、その向こう側左手の立木の奥に見える建物が画室(アトリエ)である。

 
(写真41)

 (写真41)は同じ部分の昔の写真で、画室の前は大きな池のある庭園であったことが分かる。

 
(写真42)

 
(写真43)

 (写真42)は現在の画室の玄関、(写真43)は画室の西側部分の外観である。画室は大正二年(1913)に建てられた瓦葺木造平屋建で、天井の高い80畳の大アトリエである。

 
(写真44)

 
(写真45)

 (写真44)は画室内部の東側で、床の間や電話室が見られ、ピアノも置かれている。(写真45)は同西側である。(2016.3.11.訪問)
 
*Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E5%B3%B6%E6%A1%9C%E8%B0%B7)より引用

 

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