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    0692九条邸跡(拾翠亭)(Remains of the Kujo Residence/Shusuitei)

    • 2016.01.30 Saturday
    • 20:56
     九条邸跡(くじょうていあと)は、京都御苑の南西部にある五摂家(近衛、九条、二条、一条、鷹司)の一つ九条家の邸宅跡で、現在は、九条池を含んだ庭園部分のみが整備されて残っている。母屋などの主要な建物は、明治初期の東京移住命令に伴い東京の九条邸に移築され、さらに近年、九条家より東京国立博物館に寄贈され、「九条館」と命名されている。
     九条家は、藤原北家嫡流の藤原忠通の三男である九条兼実を祖とし(長男 近衛基実は近衛家の祖)、九条にあった九条殿に住んでいたことが家名の由来となっている。
    駒札によると「九条家からは、平安後期以降多くの人が朝廷の重要職である摂政や関白に就いている。その娘の多くも天皇妃となり、大正天皇の皇后節子(さだこ)もその一人である。江戸末期、米総領事ハリスの通商条約締結要請に対し、徳川幕府は了解する考えであったが、朝廷側の孝明(こうめい)天皇は反対であった。折しも京都市内では、幕府と朝廷との様々な交渉が行われ、時の関白九条尚忠(ひさただ)の邸もその舞台の一つとなった。広大だった屋敷も、今では池の畔の茶室の拾翠亭(しゅうすいてい)と、九条家の鎮守だった厳島神社(いつくしまじんじゃ)が中島に残るばかりである。」
     拾翠亭は九条家の現存する唯一の建物で、およそ200年前の江戸時代後期に建てられたものと伝えられている。建物は全体が数寄屋風書院造りで、当時は主に茶会のための離れとして使用され、今も十畳と三畳のふたつの茶室が残されている。亭の前面には東山を借景に取り入れた勾玉形(まがたまがた)の池が広がり、茶室からの景観を一層引き立たせている。

     
    (写真1)

     
    (写真2)

     (写真1)は北側から見た九条池に架かる高倉橋で、手前左手に「九条邸跡」の木標が立っている。この橋は京都御所建礼門の真正面(南)に位置し、かって建礼門から丸太町通へ一直線で出る御幸道の計画があり、そのために架けられた橋らしいが、計画は中止になった。(写真2)は橋の北端から北方向を撮ったもので、中央奥に見えるのが建礼門である。

     
    (写真3)

     
    (写真4)

     (写真3)は拾翠亭入口の門で、手前に「旧九条家遺構 拾翠亭」と表示されている。(写真4)は拾翠亭右(南)側の築地塀と東西の細い小径で、右手植え込みの右(南)側外部は丸太町通である。

     
    (写真5)

     
    (写真6)

     (写真5)は九条橋の上から見た拾翠亭の全景、(写真6)は門を入って左手(北側)にあるその玄関である。
    拾翠亭は、約40坪(130)の広さがある。西面して「玄関」、その東の「控えの間」(七畳半)、北に「広間」(十畳)、北端に「小間」(三畳中板)がある。広間の東と北に池に面して広縁が設けてある。二階には二間半四方の「座敷」があり、南西隅に踏込床を構える。外周りは北、東、南の三方に縁高欄(えんこうらん)がめぐらされている。

     
    (写真7)

     
    (写真8)

     (写真7)が控えの間(奥側)と広間(手前側)で、広間手前右端に床が切られている。(写真8)は水屋である。

     
    (写真9)

     
    (写真10)

     (写真9、10)は広間の北側に位置する小間で、手前座(写真9左)に一枚、客座(写真9右、写真10)に二枚の畳を敷き、その間に幅一尺五寸余りの板を入れて炉を切っていることから、三畳中板の席という。

     
    (写真11)

     (写真11)は二階座敷の床で、床柱は皮付丸太。落掛は湾曲した雑木を使い、床脇には天袋を吊ってその下に書院風の中敷居窓を開けている。

     
    (写真12)

     (写真12)は二階座敷の明かり取り窓で、丁字七宝と呼ばれる模様の格子が美しい。

     
    (写真13)

     
    (写真14)

     (写真13)は広間の広縁から見た庭園で、九条池に架かる高倉橋が見える。(写真14)は露地庭の蹲踞とツワブキである。

     
    (写真15)

     
    (写真16)

     (写真15、16)は二階座敷から見た庭園で、手前に縁高欄、その向こうには、やはり九条池と高倉橋が見える。

     
    (写真17)

     
    (写真18)

     
    (写真19)

     庭園は池泉回遊式なので、池の周りを歩くことが出来る。(写真17)は庭園南側から見た拾翠亭、(写真18)は拾翠亭の東側から北東方向の景色、(写真19)は池畔から見た高倉橋である。

     
    (写真20)

     
    (写真21)

     (写真20)は玄関の前から左(北)の方に歩き、拾翠亭の北側から東方向を撮った写真で、左に出っ張ったところが小間である。また、(写真21)は北側から撮った拾翠亭である。

     
    (写真22)

     
    (写真23)

     (写真22、23)は庭園内の拾翠亭北部に設けられた四阿(あずまや)で、円窓が特徴的な休憩所である。(2015.10.22.訪問)

     

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