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    0690有栖川宮旧邸(有栖館)(Old Arisugawa no miya residence/Arisu-kan)

    • 2016.01.19 Tuesday
    • 23:30

     有栖川宮旧邸(ありすがわのみやきゅうてい)は、京都御苑の下立売御門の西にある旧有栖川宮邸の遺構で、現在は平安女学院大学の教育施設「有栖館(ありすかん)」となっている。
     有栖川宮は歴代、書道・歌道の師範を勤めて皇室の信任篤く、徳川宗家や水戸徳川家をはじめ、彦根井伊家や長州毛利家、広島浅野家、久留米有馬家などとも婚姻関係を結び、公武ともに密接であった。また代々、次男以下の子弟を門跡寺院に法親王・入道親王として入寺させていた。
     寛永二年(1625)、後陽成天皇の第七皇子・好仁親王(よしひとしんのう)が創設。当初の宮号は高松宮(高松殿)で、親王の祖母・新上東門院の御所高松殿に由来する。好仁親王は徳川秀忠の養女・亀姫(実父は秀忠の甥で娘婿にも当たる越前藩主松平忠直)を妃としたが、嗣子がなかったため甥にあたる後水尾天皇の皇子・良仁親王(ながひとしんのう)が養嗣子として第二代となり、花町宮(はなまちのみや)(花町殿)を名乗った。やがて良仁親王が後西天皇(ごさいてんのう)として践祚(せんそ)することになるが、これは先代後光明天皇の養子・識仁親王(さとひとしんのう)(後の霊元天皇)が幼少であったための中継ぎであり、後西天皇は自分の皇子・幸仁親王(ゆきひとしんのう)に高松宮を継がせて、宮号を有栖川宮(有栖川殿)に改めた。改号の理由および「有栖川宮」の宮号の由来は明らかではない。
     その後、幸仁親王の子・正仁親王(ただひとしんのう)が嗣子なく薨じたため、霊元天皇(れいげんてんのう)の第十七皇子・職仁親王(よりひとしんのう)が入って第五代を継承し、以後、六代・織仁親王(おりひとしんのう)、七代・韶人親王(つなひとしんのう)、八代・幟仁親王(たかひとしんのう)、九代・熾仁親王(たるひとしんのう)、十代・威仁親王(たけひとしんのう)と、いずれも霊元天皇の血統が続くが、大正二年(1913)に威仁親王が薨去したため、旧皇室典範の規定に基づき断絶が確定した。
     その後は熾仁親王妃董子と威仁親王妃慰子の両未亡人が宮家を守っていたが、大正十二年(1923)に董子と慰子が相次いで薨去し、翌年の慰子の一年祭をもって有栖川宮は正式に断絶となった。
     有栖川宮の祭祀および財産は、大正天皇の特旨によって光宮宣仁親王(のぶひとしんおう)により引き継がれ、宣仁親王には有栖川宮の旧称である「高松宮」の宮号が与えられている。ただし、旧皇室典範によって皇族の養子縁組は禁じられていたため、宣仁親王が有栖川宮の当主を継承したわけではない。後に宣仁親王は、父系で六代・織仁親王の血を、母系で十代・威仁親王の血統をそれぞれ持つ徳川喜久子(徳川慶喜の内孫)を妃とした。
     有栖川宮邸宅は、現在の京都御所の北東、猿ヶ辻付近にあったが、後に、京都御所の建礼門前に移された。明治六年(1873)より一時期、京都裁判所の仮庁舎として使用されており、明治二十四年(1891)に現在地に移築された。平成十九年(2007)まで、京都地方裁判所所長官舎として使われてきたが、その後、民有地になり、平成二十年(2008)、学校法人・平安女学院の所有となった。現在は「伝統文化の教育や文化活動の拠点」として活用されている。幕末から大正にかけての公家屋敷や高級官僚官舎の様子を伝えている。

     
    (写真1)

     
    (写真2)

     (写真1、2)は烏丸通に面した表門(青天門)で、銅板と真鍮板で葺かれた平唐門である。左右の塀と共に、大正時代の門建築の作例として貴重なものであり、京都地方裁判所長 石田寿と親交のあった歌人 吉井勇が、李白の詩から字をとって「青天門」と命名したといわれている。明治四十五年(1912)、三井家総長 三井高保が、邸宅の表門として新築したものを昭和二十七年(1952)、京都地方裁判所長官舎表門として、現在の地に移築している。

     
    (写真3)

     
    (写真4)

     (写真3)は下立売通に面した長屋門である。白い漆喰塗りで、長屋門形式としては最上級のものであり、向かって右手に居住できる部屋、左手に納屋等に利用されていたといわれる部屋がある。(写真4)は邸内から見た長屋門である。

     
    (写真5)

     
    (写真6)

     (写真5、6**)は青天門を入ったところの前庭で、馬や馬車が長屋門から入り、ロータリーの中央島を廻り、長屋門西横の馬小屋に入るようになっている。中央島は、客土を行い、埋まっていた縁石を上げて黒松が植栽され、玄関が見えないようになっている。青天門の南側の楓島、北側の桜島に、左右対称となるようにサツキとツツジが植栽されている。青天門の両側の桜と楓の丘には、小川治兵衛により「立ち話ではなんですさかい」と命名され、座れるように景石が置かれている。また、烏丸通側の塀の近くにある二本の枝垂桜は、一本の木のように広がった枝振りを見せている。昭和二十七年(1952)、日本画家 堂本印象の発案により、醍醐寺三宝院内にあった実生の桜(みしょうのさくら)を移植したもので、 豊臣秀吉が「醍醐の花見」を催した当時の桜の孫にあたるといわれている。
     「有栖館」は書院造で、敷地面積は約2150m2、建物面積は約392m2、木造瓦葺、平屋建て。中庭を囲んで、玄関棟・客間棟・住居棟の三棟で構成されている。

     
    (写真7)

     
    (写真8)

     (写真7)は前庭中央島の後方(西側)にある玄関、(写真8)はその正面で、「平安女學院」の扁額が掛かっている。

     
    (写真9)

     
    (写真10)

     
    (写真11)

     (写真9)は客間東側部分、(写真10)は同西側部分で、東側部分には能舞台としても使用できる十五畳の板張りの間があり、壁面に沿っていろいろな展示がなされている。また、西側部分には、床の間と付書院を備えた二畳の「上段の間」(写真11)のある十二畳半の座敷がある。

     
    (写真12)

     
    (写真13)

     
    (写真14)

     (写真12〜14)は展示の一部で、(写真14)は有栖館主屋、青天門、長屋門それぞれの「登録有形文化財登録証」、(写真13)は「有栖川宮威仁親王ゆかりの展示物」、「有栖川宮家の説明」等の掲示、(写真14)は「旧御所周辺図面」である。

     
    (写真15)

     
    (写真16)

     
    (写真17)

     (写真15〜17)は客間から撮った南庭のそれぞれ左(東)、中央、右(西)部分で、平成二十一年(2009)、十一代目 小川治兵衛が、「平成の植治の庭」として作庭したものである。 建物が高床の縁側で、横幅が広く奥行きが狭い平面庭であることにより、奥の土塀や外の建物が視界に入らないように工夫されている。庭全体の地面の高さを、客土して約30cm程上げて、石や飛び石はそのまま配置しなおされ、植栽されていた木々の補植が行われた。

     
    (写真18)

     
    (写真19)

     
    (写真20)

     (写真18〜20)は同じ庭を直接撮ったもので、順に東、中央、西部分である。

     
    (写真21)

     
    (写真22)

     
    (写真23)

     (写真21、22)は中庭をそれぞれ西側および北側から撮ったものである。平安女学院が源氏物語千年紀としてフジバカマ(藤袴)を十株を育てるために花壇庭が造られ、最後の武将 有栖川熾仁親王をイメージして、桃の節句に因んだ垂桃(シダレモモ)が中央に植樹されている。雲の上の人の花壇というところから、雲型壇とされたといわれている。(写真23)は北側居住棟の部屋の中から撮った中庭である。

     
    (写真24)

     居住棟には平安女学院の服装の変遷等が展示されており、(写真24)はその一部で、左から順に1920〜初代セーラー服、1930〜セーラー服 夏服、1977〜ブレザースタイルである。(2012.8.27、2015.11.2.訪問)
     
    *ウイキベディア(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E6%A0%96%E5%B7%9D%E5%AE%AE)より引用
    **「京都通百科事典」より引用
     
     

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