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    0688金攫八幡宮(Kinkaku Hachimangu Shrine)

    • 2016.01.17 Sunday
    • 22:43

     金攫八幡宮(きんかくはちまんぐう)はわら天神宮の南、西大路通蘆山寺下ル西側にある神社で、由緒書によると「当八幡宮は小北山八幡宮(おぎたやまはちまんぐう)とも呼ばれ、約330年前の貞享二年(1685)山城国石清水八幡宮より分霊し、この地山城国葛野郡衣笠村字小北山の産土神として、大神を崇敬信仰する人々が加護を受け、今日に至っている。

     祭神は応神天皇(おうじんてんのう)で、仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の皇子(おうじ)、母は神功皇后である。

     天皇の神徳は我が国文教の祖、殖産興業の守護神として崇められ、殊に長寿により延寿の大神として厚く崇敬されている。

     奉遷(ほうせん)より社頭の付近は田圃の間に僅少の人家が散在する状態であったが、今日では住所も京都市北区平野桜木町となり、京都の西北の一角で、人々に親しまれる八幡宮として存在している。

     本殿は昭和四十二年(1967)に改修され、それまでの檜皮葺屋根から胴葺屋根に改め、現在に至っている。」

     
    (写真1)
     

     (写真1)は西大路通に面した鳥居で、右手前に「金攫八幡宮」と刻まれた大きな石標が立っている。

     
    (写真2)
     

     (写真2)は西側の鏡石通に面した鳥居で、こちらには「八幡神社」の石標が立っている。

     
    (写真3)

     
    (写真4)
     

     (写真3)は西大路に面した鳥居から境内に入り、北側を撮ったもので、正面中央奥に見えるのが本殿、その右側の赤い鳥居が稲荷社である。(写真4)は同じ境内を逆に本殿前から南側に向かって撮ったもので、奥に見える建物は社務所、左手に鳥居がある。また、鳥居の北側に手水舎がある。

     
    (写真5)
     

     (写真5)は手水舎で、写真左端に見えている境内東側の大きな木は「黄金モチ」の木で、秋から冬にかけ赤い実を結ぶ。

     
    (写真6)

     
    (写真7)
     

     (写真6、7)は拝殿とその奥の本殿で、「御神燈」と書かれた本殿の提灯には二羽の鳩の絵も描かれている。これは鳩が八幡宮の神使だからである。

     
    (写真8)

     
    (写真9)
     

     (写真8、9)は本殿右(東)側の稲荷社で、「正一位稲荷大明神」の赤い提灯が吊されている。

     
    (写真10)
     

     (写真10)は西側鳥居から入って直ぐ左(北)側の参道脇に祀られた不動尊、地蔵尊等の石仏である。(2014.6.25.訪問)

     

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