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    0686月真院(Gesshinin Temple)

    • 2016.01.15 Friday
    • 11:16
     月真院(げっしんいん)は東山区高台寺通下河原町、ねねの道に面して圓徳院の東側に建つ臨済宗建仁寺派の寺院で、高台寺塔頭の一つである。
     江戸時代初期の元和二年(1616)、ねねのの従弟 久林玄昌(きゅうりんげんしょう)が、亀井豊前守の保護の下に建立した。
     幕末維新の慶応三年(1867)六月、新撰組を脱退し、孝明天皇御陵衛士を拝命した伊東甲子太郎(いとうかしたろう)ら15名が月真院に移り、「禁裏御陵衛士屯所」の標札をあげ拠点とした。そのため御陵衛士(ごりょうえじ)は、「高台寺党」とも称される。
     同年十一月十八日、伊東甲子太郎らが、新撰組に暗殺され、御陵衛士は解散した(0685参照)。
    かつて椿と萩の名所として知られ、境内に大名で利休十哲の一人・茶人の織田有楽斎(1547-1622)が植えたとされる椿が花開く。
     医者・谷口道悦(1796-1852)、鉄道先覚者・谷暘卿(たにようけい、1817-1885)の墓がある。

     
    (写真1)

     
    (写真2)

     
    (写真3)

     (写真1、2)はそれぞれ南側手前および北側手前から撮った山門である。山門北側には大日如来を祀ったお堂があり、南側には「御陵衛士屯所跡」の石標と駒札、「鉄道先覚者 谷暘卿先生墓所」の石標、歌碑、「京都市指定保存樹ツバキ」の指定標、東山路傍の触れ仏「布袋」像等がある(写真3)。

     
    (写真4)

     
    (写真5)

     (写真4)はその中の「御陵衛士屯所跡」の駒札、(写真5)は東山路傍の触れ仏「布袋」像である。

     
    (写真6)

     
    (写真7)

     当寺は非公開なので山門から中に入ることは出来ないが、(写真6)は山門から北側を撮ったもので、本堂の屋根が見える。また、(写真7)は同南側を撮ったもので、石の鳥居は境内にある稲荷社のものである。(2012.8.21.、8.23.訪問)

     

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