0681聞名寺(Monmyoji Temple)

  • 2016.01.10 Sunday
  • 18:57
 聞名寺(もんみょうじ)は左京区東大路通仁王門上ル東側にある時宗遊行派の寺院で、院号は小松院という。本尊は阿弥陀如来。
 平安時代初期、時康親王(ときやすしんのう)(後の光孝天皇)が誕生から即位まで住んでおられた左京・大炊御門大路(おおいのみかどおおじ)〔現在の竹屋町通〕にあった小松殿を、光孝天皇の没後に遺言によって天台宗の寺院とされた。
 弘安二年(1279)、一遍上人が念仏道場として再興して、時宗に改め「大炊道場(おおいどうじょう)」と称された。現在も、室町通竹屋町上ル西側に「道場町」の名前が残っている。
 豊臣秀吉の命により京極夷川に移転したが、宝永五年(1708)、宝永の大火により焼失。その後、現在の地に移された。
 境内には、時康親王が、眼の病を患った際に夢告を受けて、仏師慈覚大師に仏像を造らせて祀ったところ、眼病が平癒したという由来のある明眼地蔵(めいげんじぞう・あけめじぞう)が祀られ、眼病にご利益があるとして信仰されており、洛陽第十七番地蔵となっている。

 
(写真1)

 
(写真2)

 (写真1、2)は東大路通に面した山門で、手前右(南)側前方に「洛陽第十七番地蔵尊(前面)」、「大炊道場聞名寺(左側面)」、後方に「身代地蔵尊」とそれぞれ刻まれた石標が立っている。また、手前左(北)側には「贈正五位香川景樹大人墳螢」と刻まれた石標が立ち、山門中央には「光孝天皇御念持佛明眼地蔵大菩薩」と書かれた赤い提灯が吊されている。

 
(写真3)

 (写真3)は山門を入ったところから撮った境内で、正面奥に本堂、左手(北側)に庫裏、右手前に北向きの明眼地蔵堂が見える。

 
(写真4)

 
(写真5)

 (写真4、5)は本堂で、手前の中央参道左手に「大炊道場聞名寺(前面)」、「「洛陽第十七番地蔵尊(右側面)」とそれぞれ刻まれた石標が立ち、参道右手には高さ3.5mの光孝天皇塔(七重石塔)が建っている。

 
(写真6)

 (写真6)は本堂の手前左(北)側にある庫裏である。

 
(写真7)

 
(写真8)

 (写真7)は山門を入って直ぐ右手にある身代地蔵尊、(写真8)はその左(東)側手前の大日如来堂である。

 
(写真9)

 
(写真10)

 
(写真11)

 (写真9、10)は大日如来堂の左(東)側に隣接する大きな地蔵堂で、ここに明眼地蔵が安置されている。(写真11)はその内部で、厨子は閉ざされているが、毎月24日に開帳される。

 
(写真12)

 (写真12)は地蔵堂の左(東)側に隣接する寺務所である。(2015.11.5.訪問)

 

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  • 2019.01.22 Tuesday
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