スポンサーサイト

  • 2017.02.03 Friday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -
    • -

    0586通妙寺(Tsumyoji Temple)

    • 2015.03.09 Monday
    • 12:11
     実報寺から大谷本廟の築地塀に沿った坂道を更に上って行くと、清水寺へ抜ける道(左)と大谷墓地へ行く道(右)の分岐点に出る。通妙寺(つうみょうじ)は、その分岐点から左の道を上がって直ぐ左手(北側)にある日蓮宗の寺院で、山号は普耀山。我が家の菩提寺でもある。創建の詳細、変遷は不明であるが、江戸時代の明暦年間(1655〜1657)、江戸・柴又の帝釈天王が勧請され、境内に鳥辺山帝釈天王として祀られている。
    妙傳寺(左京区東大路二条下ル)の旧末寺の一つで、歴代の廟所がある。墓地には、江戸時代、井上流家元三世、四世・井上(片山)八千代、歌舞伎役者三代、四代歌右衛門の墓がある。
    『花洛名勝図会』によると妙見堂(0588参照)は通妙寺の別所とされている。

     
    (写真1)

     
    (写真2)

     (写真1)は山門で、「鳥辺山帝釈天王」の表札が掛かり、右手前には土台に「通妙寺」と刻まれた法界塔と「京舞井上流三世家元 八千代 片山春子墓所」と刻まれた石標(写真2)が立っている。

     
    (写真3)

     
    (写真4)

     (写真3、4)は山門正面の本堂で、「通妙寺」の扁額が掛かっている。

     
    (写真5)

     
    (写真6)

     (写真5、6)は本堂手前の右(東)側にある鳥辺山帝釈天の外観と内部で、お堂には「帝釋天」の扁額が掛かっている。

     
    (写真7)

     
    (写真8)

     (写真7)は帝釈天の向かい(西)側にある庫裡、(写真8)は庫裡の前にある水汲み場で、石の水槽には山号「普耀山」が刻まれている。

     
    (写真9)

     
    (写真10)

     
     (写真9)は鐘楼(左)と墓地入口(右)、(写真10)は庫裡の前から撮った境内である。

     
    (写真11)

     
    (写真12)

     (写真11)は通妙寺の墓地の一部、(写真12)は通妙寺の前の道を更に清水寺の方へ上って行った右手に広がる鳥辺山大谷墓地で、左方遠くに清水寺の塔が見える。(2014.9.23.、2015.3.5.訪問)

     

    スポンサーサイト

    • 2017.02.03 Friday
    • 12:11
    • 0
      • -
      • -
      • -
      • -
      コメント
      何気なく通り過ぎる一寺院毎に、歴史があり興味深く拝読致しました。
      • hama
      • 2015/03/14 10:55 PM
      京都のお寺は、実際に訪ねてみて、歴史等を調べてみると、思わぬ発見があり、いろいろなお寺のつながりが見えてきたりして、興味は尽きないものです。
      • うさぎ
      • 2015/03/15 3:42 PM
      コメントする








          
      この記事のトラックバックURL
      トラックバック

      PR

      calendar

      S M T W T F S
          123
      45678910
      11121314151617
      18192021222324
      252627282930 
      << June 2017 >>

      selected entries

      categories

      archives

      recent comment

      links

      profile

      search this site.

      others

      mobile

      qrcode

      powered

      無料ブログ作成サービス JUGEM