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    (10)ヘルシンキ大聖堂(Helsingin tuomiokirkko)[フィンランド]

    • 2011.10.29 Saturday
    • 23:41
     

        ヘルシンキのシンボルとして高い位置に建てられた左右対称の白  
     くて美しい
    教会が、ヘルシンキ大聖堂で、年間20万人の観光客が訪
     れるフィンランド随一
    の観光名所である。カ−ル・エンゲルの設計
     によるルーテル派の本山となる教会
    で、1852年に完成した。元老院
     広場に面した大階段の上に建っており、ヘルシ
    ンキで最も目立つ建
     物である。

    当初大聖堂はその建設を始めた皇帝ニコラウス1世にちなみニコ
     ラウス教会
    と呼ばれた。1917年にフィンランドが独立後、大教会と
     改名されたが、
    1959にヘルシンキ教区が設けられてから、大聖堂
     と呼ばれるようになった。

    (写真1)
        
        (写真2)

        (写真3)
      

     (写真1)は元老院広場から撮った大聖堂の遠景、(写真2)は
     近くの正面か
    ら、(写真3)は斜めからそれぞれ大聖堂だけを撮っ
     たものである。元老院広場
    に建つ銅像はロシア皇帝アレクサンドル
     2世の像(
    1894)である。フィンランドの憲法に基づく内閣形態を
     復活させた皇帝は、フィンランドでは多大な人望を集
    めていた。

    (写真4)
     

     大聖堂の平面は4つの腕の長さが等しい十字形(ジリシア十字
     形)で、中央部
    が塔になっている。正面妻壁は6本のコリント様式
     の柱で支えられている。立面
    全体が同様形式のピラスター(付け
     柱)で装飾され、リズム感を形成している。
    (写真4)は柱の拡大
     である。

    (写真5)

        (写真6)

        (写真7)
     

     屋根の上には巨大な聖書の12使徒をかたどる亜鉛像コレクショ
     ンが据えら
    れている。(写真5)は正面真ん中のヨハネ、(写真
     6)は正面右のマタイの像の
    拡大写真である。因みに12使徒すべ
     ての像を(写真7)に示す。

    (写真8)

        (写真9)

        (写真10)
     

     大聖堂の中は非常にシンプルである。(写真8)は後方から祭壇
     方向を撮った
    もので、中央部にシャンデリア、前方左手に説教壇、
     右手にミカエル・アグリコラ(
    Mikael Agricola)の像がある。(写
     真9)は祭壇部を撮ったもので、中央の祭壇画はロシア皇帝ニコラ
     イ1世により寄贈されたキリストの埋葬を題材とした絵である。祭
     壇画の両側にひざまずく天使の像があり、祭壇前欄干には四福音書
     を象徴する4つの月桂冠が見える。(写真10)は祭壇画の拡大であ
      る。

    (写真11)

        (写真12)

        (写真13)

        (写真14)
     

     (写真11)は後方入り口の方向を撮った写真である。大聖堂には
     ルーテル派の
    宗教改革における重要な人物3人の像があり、前方右
     のアグリコラと同じように
    後方に向かって右手にフィリップ・メラ
     ンヒトン(
    Philipp Melanchton)、左手にマルチン・ルター
     (
    Martin Luther)の像が置かれている。3人の像の拡大写真を
     (写真
    12)、(写真13)、(写真14)にそれぞれ示す。アグリコラ
     はフィンラ
    ンドの宗教改革者であり、新約聖書を初めて翻訳し、フ
     ィンランド語の文語体を
    定めた。

    (写真15)
     

      (写真15)は後方のパイプオルガンを拡大して撮った写真であ
     る。最初のパイプオルガンは、ロールマンのデザインでドイツのオ
     ルガン工場ヴァルカー(
    Walcker)で1846年に製作されたが、現在
     はその外部のみが残っているだけである。現在のパイプオルガンの
     本体は、デンマークのメーカー・マルクッセン(
    Marcussen)製で
     ある。(2011.7.6.訪問)

     *ヘルシンキ大聖堂案内(日本語版)

    (9)ウスペンスキー寺院(Uspenskin Katedraali)[フィンランド]

    • 2011.10.28 Friday
    • 19:52
     

    ヘルシンキの港から近い高台に赤煉瓦造りの大きな教会がある。北欧最大
     の
    ロシア正教会ウスペンスキー寺院で、ウスペンスキー大聖堂とも呼ばれて
     いる。
    ロシアの建築家アレクサンデル=ゴルノスタイッフの設計により、
     1868
    年に完成した。見晴ら
    しの良い場所に建てられており、ここからは、ヘ
     ルシンキの町と港が一望出来る。

    (写真1)
     
     (写真2)
     

     (写真1)は全体の外観写真、(写真2)は正面から撮った拡大写真であ
     る。重厚な
    スラブビザンチン様式で、13個の黄金色のキューポラ(丸天井)
     がある。入り口は(写真2)の正面ではなく、(写真1)の礼拝堂と鐘楼を
     つなぐ廊下のところにある(白い服装の人が立っている所)。

     
    (写真3)

    (写真4)

     礼拝堂内部に入ると右手正面に(写真3)のような祭壇とイコノスタス
    (聖障)があり、上下2列に沢山のイコン(聖像)が描かれている。但し、
    中央下部の赤い背景に黄金色の十字架が浮かび上がって見える場所は至聖所
    への入り口(Royal Gate)で、その上にレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後
    の晩餐」を模した絵が描かれ、最上部にはイエス・キリストが描かれてい
    る。この部分を拡大したのが(写真4)である。また、下の列中央十字架の
    右手はイエス・キリスト、左手はイエスを抱くマリアが描かれている。

    (写真5)

    (写真6)
     

      (写真5)は中央ドーム内部とそこに吊り下げられたシャンデリアであ
    る。ドーム天井には青い星空が描かれ、4方向のアーチ型になった部分に
    は、3つの聖句「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来な
    さい。休ませてあげよう。」(マタイ 11:28)、
    「わたしの魂は主をあが
    め、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。」(ルカ1:47)、
    「は
    っきり言っておく。信じる者は永遠の命を得ている。」(ヨハネ6:47)と
    「この神聖で栄光に満ちた寺院に入る者は幸いである。」という言葉が書か
    れている。(写真6)はドーム部の拡大である。

     (写真7)

     (写真8)
     

      (写真7)は祭壇に向かって左手の側壁、(写真8)はその側壁を入り口
    から真っ直ぐに見た写真である。一体の花崗岩から切り出された太い4本の
    柱がアーチ型の天井を支えている様子がよくわかる。

     (写真9)
     

      (写真9)は祭壇に向かって右手壁面近くの、入り口を入ったところにあ
     るガラスケースに入った棺である。きれいな彫刻と主の受難を描いた絵が施
     されているが、棺は空である。説明書きには「この棺はキリストの空の墓を
     象徴しており、聖金曜日(キリストの受難記念日)の礼拝に使用される。棺
     は空である。」と書かれていた。(2011.7.6.訪問)

    (8)テンペリアウキオ教会(Temppeliaukion kirkko)[フィンランド]

    • 2011.10.27 Thursday
    • 13:52

     テンペリアウキオ教会は、フィンランドのヘルシンキ市・トーロにある、
     福音ルーテル派の教会である。スオマライネン兄弟によって設計され、1969
     年に完成した。テンペリアウキオ地区に教会を造る計画は1930年代から存在
     し、ヘルシンキ工科大学の設計を担当したヨハン・シレンの設計案に沿って
     建設される予定であった。しかし、第二次世界大戦が勃発し、計画は中断さ
     れた。終戦後の1961年に改めてデザイン・コンペが開かれ、スオマライネン
     兄弟による設計案が採用されることとなった。予算の都合上、当初のプラン
     の4分の1の大きさに縮小されてしまったものの、19682月に建設が完了し、
     1969
    9月には礼拝堂の献堂式が執り行われた。

     教会は大岩をくりぬいた中に造られているが、上部側面にガラスがはめ込
     まれており、自然光が入り込むようになっていて明るい。教会内壁はくりぬ
     いた岩盤がそのまま使われていて音響効果が優れており、しばしばコンサー
     トホールとしても利用される。内壁は当初むき出しで残す予定は無かった
     が、音響学者マウリ・パリョと指揮者パーヴォ・ベルグルンドの助言によ
     り、このままの状態で使われることとなった。岩には氷河時代に削られて出
     来た模様を見ることが出来る。

     テンペリアウキオ教会は観光地としても有名であり、年間約50万人もの
     人々が教会を訪れる。ヘルシンキ中心部にあり、周辺はアパートなどの住宅
     街である。この教会には鐘が無いが、作曲家タネリ・クーシストによって録
     音された鐘の音が外壁のスピーカーから流れるようになっている*

    (写真1)
     
     (写真2)

     (写真3)
     

     (写真1)**はテンペリアウキオ教会の外観、(写真2)**は上空から
     眺めた教会と周辺の写真である。(写真3)は教会正面の入り口である。礼
     拝堂の建築容積は11,000750人収容出来る。

     (写真4)

     (写真5)

     (写真6)

     

     (写真4)は2階席から教会内部を見下ろした写真、(写真5)は同じく
     2階席から聖壇に向かって左手後方を撮ったものである。右端にパイプオル
     ガンが見える。このパイプオルガン周辺を撮ったのが(写真6)で、オルガ
     ンの右手壁際には松製のコーラス台が設けられている(写真では数人の人た
     ちが坐っている)。またその前にピアノがあって、誰かが演奏していた。

    (写真7)
     

     (写真7)はパイプオルガンを含めて天井部分を撮ったもので、天井ドー
     ム内面には全長22kmの銅板が上張りされている。その直径は24m、頂点は
     床から13mの高さである。

    (写真8)

     (写真9)

     (写真10)
     

     (写真8)〜(写真10)は聖壇付近から後方を撮った写真で、(写真8)
     は後方に向かって左手、(写真9)は中央、(写真10)は右手をそれぞれ撮
     ったものである。左手後方の壁面にはろうそく立て、中央部後方には2階
     席、右手にはパイプオルガンがそれぞれ設置されている状況がよくわかる。

     (写真11)

     (写真12)

     (写真13)

     

     (写真11)〜(写真13)は聖壇部を撮ったものである。(写真11)は全景
     で、前が広く空いているのはオーケストラのためのスペースである。(写真
     12
    )は更に近づいて撮ったもので、非対照の陪餐所では、一度に25人が聖餐
     を受けることが出来る。(写真13)は聖壇のテーブルと壁の拡大写真で、壁
     には氷河期の岩の割れ目が使われている。テーブルは花崗岩をカットして作
     られたものである**

     

     観光客が多いだけあって、この教会のパンフレットは8カ国語で書かれて
     いるが、その中に中国語や韓国語はなく、日本語の含まれていることが、日
     本人観光客の多さを物語っていた。因みにこの教会には20年以上昔にも訪れ 
     たことがあるが、その時はまだ現在のように観光化されていなかった。入り
     口で許可を得て入れてもらった礼拝堂には人影はなく、静かに祈りたい気持
     ちになる素晴らしい教会で感動した記憶があるだけに、観光客でごった返す
     現在の状況には、残念で悲しい気持ちを禁じ得なかった。(2011.7.5.訪問)

     

     (出典)*

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%
    83%AA%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%AD%E3%82%AA%E6%95%99%E4%BC%9A

        **テンペリアウキオ教会パンフレット

      

    (7)ストックホルム大聖堂(Storkyrkan)[スウェーデン]

    • 2011.10.26 Wednesday
    • 22:07

      ストックホルムの旧市街ガムラ・スタンにある王宮のすぐ南にス
     トックホルム最古の
    由緒ある教会、大聖堂がある。13世紀後半に建
     てられ、何度も改築、増築され、現在の大きさになったのは1480
     代のこと。ゴシック様式から、王宮の建築様式に合わせてイタリ
     ア・バロック様式に改築された。長い間国王、女王の戴冠式、結婚
     式などの儀式が行われた場所でもある。最近では、1976年に現国王
     カール16世グスタフ王とシルビア王妃との結婚式が行われ、20106
     月にはヴィクトリア王女の結婚式も行われた*

    (写真1)

    (写真2)

    (写真3)
     

    (写真1)は大聖堂正面の外観、(写真2)はその入り口部分を
    撮ったものである。また、(写真3)は正面奥にある祭壇側を外か
    ら撮った写真である。

    (写真4)

    (写真5)

    (写真6)

     内部に入ると、(写真4)のように正面に祭壇、バロック様式の
    玉座、説教台等が見え
    る。更に祭壇に近づいて撮ったのが(写真
    5)と(写真6)で、(写真5)では前方にあ
    る玉座が、(写真
    6)では祭壇とその上部にある円形のステンドグラスの様子がそれ
    ぞれ
    より鮮明に見える。玉座は王族が公式に教会の儀式に出席され
    る時にのみ使用される。
    座席は1684年、若ニコデムス・テシーン
    Nicodemus Tessin the Younger)の手によっ
    て設計され、ブルハ
    ッド・プレヒト(Burchardt Precht)によって彫られた木製であ
    る。
    教会内にある、この後に造られた装飾品の数々はこの玉座に調
    和するように考えられて
    いる**

    (写真7)

     (写真8)
      

     (写真7)は祭壇、(写真8)はその上のステンドグラスの拡大
     写真である。祭壇は黒
    檀と銀で出来ており、1650年代に国会評議員
     のヨーハン・アッドレル・サルビウス(Johan
    Adler Salvius)と
     その妻から教会に寄贈されたものである**

    (写真9)
      

     (写真9)は祭壇手前の左手にある「セント・ジョージと龍」
    St. George and the Dragon
    の彫刻である。これはリューベック
    Luebeck)の彫刻家バーント・ノットケ(Berndt Notke
    作で、樫
     と大角鹿の角で出来ており、1489年に除幕された**

    (写真10)
     

     この彫刻の直ぐ近くの壁面には最後の審判の大きな絵(写真10
     が掛けられていた。
    この絵は1696年にデーヴィッド・クロッケル・
     フォン・エーレンストラール(David
    Kloecker von Ehrenstrahl
     により描かれたものである**

    (写真11) 
      

    (写真11)は説教台を拡大して撮った写真で、後部に玉座も見え
     る。説教台は彫刻家
    ブルハッド・プレヒトの手による豪華で贅沢極
     まりない様式で1700年から用いられてい
    る。ヘブライ語の文字は
     JAHVE
    、つまり神を意味する**

    (写真12)

     (写真12)は大聖堂の後方にあるオルガンで、1960年にマルクセ
     ン&ソーン(Marcussen
    & Son)によって製作され、音管列は53
     ある。正面装飾は1789年に前のオルガンのた
    めに造られたものであ
     る**
    2011.7.4.訪問)

     

    *地球の歩き方編集部『地球の歩き方A29 北欧(2008〜2009)』
     (2008)

      **大聖堂パンフレット『ようこそ大教会へ』

     

     

    (6)マリエフレッド教会 (Mariefreds Church)[スウェーデン]

    • 2011.10.25 Tuesday
    • 13:44
     

     (写真1)

     (写真2)
     
      マリエフレッドはストックホルム西方約
    65kmのメーラレン湖に
     面した小さな町であ
    る。この町のシンボルはグリプスホルム城
     (
    Gripsholms Slott)(写真1)であるが、も
    う一つ町の何処から
     でもその尖塔が見えるマリエフレッド教会は、この町の景観になく

     てはならない存在である。(写真2)は城の近くから撮った町の風
     景で、中央に教会の塔
    がそびえている。

    (写真3) 

     この教会は1624年に建てられたが、1682年に火災で焼失し、 
     1
    697年に再建された。
    教会を正面から撮ったのが(写真3)で、外
     観は再建当時からほとんど変わっていない。
    正面玄関に登っていく
     急な階段は
    1730年に完成したものである。

    (写真4)
     
      (写真5)
     

     (写真4)は礼拝堂の後方から祭壇方向を撮ったもので、中央部
     天井から吊り下げら
    れたシャンデリアは17世紀の青銅製である。祭
     壇には(写真5)のようにイエス・キリ
    スト誕生の絵が掛けられて
     いた。
     

    (写真6)
       (写真7)

    最も印象的だったのは祭壇前方の空中に浮かぶ十字架上のキリス
     ト像(写真6)、(写
    真7)で、ライトに照らされた結果壁に出来
     たそのシルエットも心に残るものだった。

    (写真8)
     

     礼拝堂後方には(写真8)のように立派なパイプオルガンがあっ
     たが、これは
    1786
    Olof Schwanによって造られたと書かれてい
     た。
     

     この教会はプロテスタント教会で日曜日の朝には礼拝が行われて
     おり、訪ねた日の夕
    方にはオルガン・コンサートがあるらしく、二
     人の女性がその準備をしているところだ
    った。(2011.7.3.訪問)

    (5)フレデリクス教会(Frederiks Kirke)[デンマーク]

    • 2011.10.24 Monday
    • 20:45
     
     (写真1)

      コペンハーゲンのアメリエンボー宮殿(
    Amalienborg Slot(写 
     真1)は現在の王族の住居である。この宮殿の直ぐ近くに人目を引
     く大きなフレデリクス教会のドームが見える。この教会は
    アメリエ
     ンボー宮殿を含む周辺全体の設計を担った建築家で、都市設計者の
     ニコライ・アイトブ(Nicolai Eigtved)により建造された教会で
     ある。1754年にアイトブの死去した後は、フランス人のジャーディ
     ンに建築が任されたものの、高価なノルウェー産の大理石を使用し
     たため費用がかかり、当時のデンマーク首相、ストルエンセが1770
     年に建築を中止させてしまった。その後約1世紀を経て、1894年に
     ようやく完成したという。大理石がふんだんに使われたロマネス
     ク・バロック様式の美しい教会なので、地元の人々はみな、「大理
     石の教会
    (Marmorkirken)」と呼んで親しんでいる。内部の聖堂の
     ほか、ドームの頂上にもガイドツアーで上ることができる*

    時間がほとんどなかったので、教会に入って少し内部の写真を撮
    っただけであったが、シンプルで確かに美しい教会だった。

    (写真2)
     

    (写真2)は教会の外観で、残念ながら一部に外装工事の足場が
    組まれており、ありのままの外観を撮ることが出来なかった。

    (写真3)

    (写真4)
     

    (写真3)は後方から祭壇の方向を撮った写真で、祭壇部分を拡
    大して撮ったのが(写真4)である。ブルーのステンドグラスが祭
    壇の十字架を浮き立たせていた。

    (写真5)
     

    (写真5)は天井ドームの内側を撮ったもので、十二使徒を描い
    たと思われるブルー基調の絵が美しかった。

    (写真6)

    (写真7)

     (写真6)は前方中央から後方入り口の方向を撮った写真で、右
    手に大きなパイプオルガンが見える。パイプオルガンはこれ以外に
    もう一つあり、こちらは(写真7)のように美しい彫刻を伴ったク
    ラシカルなものだった。(2011.6.28.訪問)

    *地球の歩き方編集部『地球の歩き方A29 北欧(2008〜2009)』(2008)

     

    (4)フレデリクスボー城教会(Frederiksborg Slotskirke)[デンマーク]

    • 2011.10.23 Sunday
    • 21:26
     

      (写真1)
     
     フレデリクスボー城(写真1)はデンマーク(
    Denmark)コペ
    ンハーゲン(
    Copenhagen)近郊のヒレロズ(Hillerod)にある城
    で、クリスチャン4世の居城として建築されたスカンディナヴィア
    で最も大きなルネサンス様式の宮殿である。現在は国立歴史博物館
    となっている


    (写真2)

    (写真3)

      この宮殿の中に非常に豪華なプロテスタント教会がある。別名
    「勲位のチャペル」として知られ、今日では地元の教会として用い
    られているという。デンマーク王室勲章の紋章(写真2)はじめ国
    内外の権威者に授与された沢山の紋章の楯が壁に掛けられ、その中
    には日本の平成天皇(写真3)や高松宮の菊の御紋も見られた。


    (写真4)

    (写真5)

    (写真6) 

     (写真4)、(写真5)は礼拝堂内部の後方から祭壇のある前方
    を撮った写真で、祭壇部分を拡大したものが(写真6)である。

    (写真7)

    (写真8)

    (写真9)

     2階に見えるのは
    1610年にドイツのコンペニウス(Compenius)
    が造ったという総オーク(樫の木)製のパイプオルガン(パイプ部
    もオーク製)で、(写真7)はこのパイプオルガンを近くから撮っ
    た写真である。今でも時々は使われるらしい。しかし、現在日常的
    に使用されているのは礼拝堂後部にある金属製のパイプオルガン
    (写真8)で、横から見ると(写真9)のように
    1863年製であるこ
    とがわかる。

    (写真10)
     

    (写真10)は祭壇側2階のオーク製パイプオルガンの前から礼拝
    堂の後方に向かって撮った写真で、中央の一番奥に金属製のパイプ
    オルガンが見える。

    (写真11)

    (写真12)

      (写真11)と(写真12)はそれぞれ1階部分と2階部分の礼拝堂
    側面を撮った写真で、1階壁面には讃美歌の番号が掲げてある。ま
    た2階壁面には十字架上のイエス・キリストを描いた絵をはじめ、
    (写真4)にも見られたようにいろいろな絵が掛けられていた。
    (2011.6.28.訪問)

    (3)ヴォス教会(Kyrkja i Voss)[ノルウェー]

    • 2011.10.22 Saturday
    • 20:46
     

        ベルゲン(Bergen)の北東100kmほどのところにボス(Voss
    という町がある。ここは西ノルウェーで最大のウインター・リゾー
    ト地で毎年スキーの大会が開催されるらしい。ここに
    1277年に建立
    された古い石造りゴシック様式のヴォス教会がある。他の建物が第
    二次世界大戦でドイツ軍にことごとく破壊された中で、この教会だ
    けは破壊を免れたという*

     
      (写真1)

     (写真2)
      
     
    (写真1)は教会正面の外観、(写真2)は屋根の部分を拡大して           
     撮ったものである。
    塔の部分だけはスターヴ教会を思わせる造りで
     ある。
     
     (写真3)

       時間がなかったのと入り口が閉ま
    っていた(写真3)のとで、残
     念ながら中に入ることは出来なかった。

     (写真4)

     (写真5)

       教会の周囲は芝
    生墓地になっていて、(写真4)、(写真5)に 
     あるようにいろいろな形の墓石が見られ、中には花の飾ってあるも
     のもあっ
    た。(2011.7.1.訪問)

      *http://cannergy.la.coocan.jp/Scandinavia2001/Norway2.html#Voss
    2011.10.22.閲覧)

    (2)ロム・スターヴ教会(Lom Stave Church)[ノルウェー]

    • 2011.10.21 Friday
    • 07:59
     

        オスロ(Oslo)からリレハンメル(Lillehammer)を通って
    350km
    ほど北北西に行った位置、ゲイランゲルフィヨルド
    Geirangerfjord)に近いダレスニッパ(Daresnippa)展望台から
    は東に車で
    1時間余りのところに小さな田舎町ロム(Lom)があ
    る。ここにロム・スターヴ教会がひっそりと建っている。入り口で
    入場料
    50Krを払うと受付の女性が何処から来たか尋ねるので「日
    本」と答えると日本語に翻訳した説明用のプリントを貸してくれ
    た。この教会は
    1158年に建設され、現在ノルウェーに未だその全形
    をとどめる最大規模のスターヴ教会の一つということだった。
     

        (写真1)

    (写真2)

    (写真3)

     
    (写真1)と(写真2)はその全景である。建設当時、教会の間
    取りは方形であったが、その後
    17世紀に両翼部が増築されて使用さ
    れるようになった。屋根の上には龍の頭の飾りが見られる(写真
    3)

    (写真4)

    (写真5)

      

      (写真4)は後方中央から眺めた礼拝堂内部で、右前方に説教壇
    とその上方の反響板が見える。また、前方の座席の途切れた位置か
    ら両翼が伸びる形になっている。(写真5)はその一方を撮ったも
    のである。

    (写真6)

    (写真7)

    (写真8)

     

    祭壇には(写真6)に見られるように最後の晩餐の絵が描かれて
    いた。また祭壇前の聖歌隊席の天井部には(写真7)に見られるよ
    うにイエスのバプテスマの絵があった(中央円形内部)が、この天
    井画は
    1608年の改築工事後に無名の画家によって描かれたものであ
    る。礼拝堂の壁面にもいろいろな絵が掛けてあった。また中央の会
    衆席上部を見ると(写真8)、スターヴ教会の内部構造がよくわか
    る。この写真の左端に見える白い旗は古い村旗で、ロムの田畑灌漑
    のシンボルがあしらわれている。

    (写真9)

     

    (写真9)は礼拝堂の後方を撮ったもので、上方にパイプオルガ
    ンが見える。
    1907年にロム教会には、ロムを去りアメリカに移住し
    ていった人々から新しいオルガンが届けられ、その後
    1960年代から
    は電動オルガンが導入されたが、彫刻の施された木製のオルガン正
    面部分はそのままの姿で残っている。今でもこの教会は礼拝に使用
    されているということだった。

    (写真10)

     教会の周囲には墓地があり(写真10)、それぞれに異なるきれい
    な墓石が沢山並んでいた。(2011.6.29.訪問)    
     

      

    (1)ボルグン・スターヴ教会(Borgund Stave-Church)[ノルウェー]

    • 2011.10.20 Thursday
    • 13:48

      ノルウェー(Norway)の首都オスロ(Oslo)の北西約300kmに
     ある人口
    2,200人の
    田舎町ラルダール(Laerdal)から車で30分程東
     に行くとボルグン(
    Borgund)という小さな村がある。ここに数少
     ないノルウェーの伝統的なスターヴ教会が今も残っている。
    スター
     ヴ教会は木造の教会でヨーロッパ諸国に
    1130年から1350年の間に
     建てられ、
    1349年のペスト流行によって建築に終止符が打たれたと
     いわれている。現在も残っているのはノルウェーの教会のみで、約

      1000
    あったスターヴ教会の中現存するのは僅か28だけである。そ
      の中でもボルグンのスターヴ教会は最も古いもので、建てられた当
     時の姿をよくとどめていることでも有名である。

    (写真1)

    (写真2)

    (写真3)
     

     (写真1)、(写真2)は教会の外観を2方向から撮ったもの、
    (写真3)は入り口である。この教会は
    1180年に建てられたが、現
    在まで
    800年以上も保存されてきた理由は_从劼冒わなかった、
    ∪个隆霑辰両紊坊てられ、木が腐らなかった、タールとレジン
    で表面が覆われていたことによると案内してくれた人が説明してく
    れた。

     
    (写真4)

    (写真5)

    (写真4)は内部の側面と天井部、(写真5)は祭壇である。こ
    の祭壇画は
    1654年製とあったので、建設当初にはなかったものであ
    る。内部は暗くて椅子もなく、昔は立ったまま男性は右、女性は左
    に分かれて礼拝したらしい。もともとカトリックの教会だったが、
    宗教改革後はルーテル派の教会となった。スターヴとは支柱の柱の
    ことらしく、各柱の上部には人の顔が彫られていた。木はすべて松
    の木だった。

    (写真6)

    (写真7)
      

    (写真6)は外廊部、(写真7)は屋根部である。屋根には龍の
    飾りが沢山あるが、これはバイキング船の舳先にある飾りと同じで
    魔除けの意味があるという。この教会は現在使用されておらず、

    1877
    年に遺産保護教会が買い取って保存している。但し、年に1
    だけ礼拝が行われ、稀に結婚式にも使用されるらしい。

    (写真8)

    (写真9)
     

     この教会には鐘楼(写真8)とケビン(小屋)も一部オリジナル
    のまま保存されていたが、
    1868年に隣に新教会が建てられ、現在礼
    拝はその新しい教会で行われている。(写真9)は新旧教会と鐘
    楼、ケビンの全景である。新しい教会も見せてもらったが、窓のあ
    る明るい教会で椅子もあり、後部にパイプオルガンも備え付けられ
    ていた。

     
    (写真10)

    (写真11)

    (写真12)

    (写真10)は新教会の外観、(写真11)は祭壇部分、(写真12
    は後部パイプオルガンをそれぞれ撮ったものである。教会の近くに
    売店を兼ねた博物館があり、スターヴ教会に関する各種展示と説明
    がなされていた。(2011.7.2.訪問)

      

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